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2011年3月

2011年3月30日 (水)

被災地のペットたちへ

朝、「起きて、起きて〜」と、私の布団の上にドスンと乗ってくるレオ・・・

安心しきった甘えた顔で、私の足元にすりよってくるレオ・・・

そんなレオを見ていたら、被災地のペット達のことを考えて切なくなりました。

そんなとき、ネコを2匹飼っているお友達からこちらを教えてもらいました。私と旦那も署名しました。ペットも大切な家族の一員です。どうか、ペット同伴可能避難所と仮設住宅が少しでも増えますように。(こちらです)

被災地のペット達への義援金と救援物資のことも教えてもらいました。ただ今は、救援物資はたくさん集まったので、募集はお休みしているみたいです。私もどんなフードを送ったら良いかモタモタしてたら出遅れましたsweat01。それならお金を送ろうと思っています。(こちらです)

Ca3g0219 ☆通勤の途中でノラネコちゃんに会いました。ちゃんとカメラ目線で「ナァ〜ン」と挨拶してくれたよhappy01

Ca3g0220 ☆撮影させてくれてありがとねconfident。頑張って生きていくんだぞ!!

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2011年3月28日 (月)

赤いステッカー

私が毎日訪れる、大好きなブログがありますhappy01
「ふくちゃん」という可愛いネコちゃんつながりでご縁のあった、福岡に住む方のです(ブログはこちら)

そのふくちゃんのママのお友達が、このような活動をしていらっしゃいます。私も賛同します!!

Ca3g0204 ☆愛用のチャリンコbicycleに、赤いステッカー貼りました!!

Ca3g0207 ☆こんなところにも貼っちゃったnote

Ca3g0208 ☆ずらっとたくさんの自転車が並んでいる駐輪場でも目立つ目立つ!!すぐに自分のチャリが見つけられますhappy02 

Ca3g0202 ☆会社にも赤いステッカー貼らせてもらいましたhappy01

Ca3g0203 ☆会議室兼ロッカー兼台所の入り口のところにペタリ!!一番人目につくしgood。お客さんから「これは何?」と聞かれたら会社の皆さん説明よろしくです〜wink

Ca3g0209_2 ☆会社のお友達が、こんなに可愛いのを作ってくれましたheart04

Ca3g0211 ☆愛らしいキュービーちゃんが、赤いステッカーのプラカードを掲げているストラップです。机の前に吊るしてありますheart

ブログだけの繫がりで、一度もお会いしたこともないしお互いの本名すら知らない間柄でした。それでも人の温かさって、しっかりと伝わってくるんですよね。

赤いステッカーってなぁに?とご興味を持った方は、ぜひこちらをご覧くださいねhappy01

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2011年3月27日 (日)

震災その時、東京で・・・⑦

余震で中断したり、節電のために少しずつ書いては保存して・・・を繰り返してきたこのブログ。読み返してみても、その日その日の状況がどんどん変わっていくのがわかります。これを書き始めた当初に比べては、だいぶ東京も落ち着きを取り戻した感じがします。

私にできることって何だろう?と考えてみました。募金をすること。節電をすること。それ以外には・・・

まず、自宅の地震対策をしっかりすること。今回の地震では、あんなに重い婚礼ダンスがかなり動いていました!!ロフトに置いてある本棚もかなり前方にせり出していました。もしロフトの柵を突き破って本棚ごと階下のリビングに落っこちていたら・・・と想像するとゾッとします。壁に飾ってある額も危険でした。おしゃれで素敵なインテリアも安全であってこそ・・・と実感しました。

タンスの上などにモノを乗せない。使っていない食器類は処分する。モノを減らしてシンプルな生活をする。これは私が流行の「断捨離」として数ヶ月前から実践してきたことなのですが、それは安全な環境を作るということにも繋がっていました。今回の地震でお皿やグラスも少し割れたのですが、何年も使っていない食器はかなり処分していたので、割れ物の破片が飛び散るという被害は最小限で済みました。食器棚が開かないようにすることも大事ですし、その中に入れてある食器の数を見直すことも大事だと思いました。

その他に私ができること・・・いろんな場面で痛感した事は、平常心を持つことが大切ということです。スーパーで空っぽの棚を見てもうろたえない。たくさん食品を買い込んでいる人たちを見ても焦らない。余震に対して過剰に怯えない。私が落ち着いた態度でいればレオも精神が安定します。どんな時でも平常心を持つ事で正しい判断ができ、ひいてはそれが被災地の方たちへの小さな支援にも繋がる場合もあると思うのです。

そして、ニュースなどの情報に対しても冷静に判断すること。我が家では今も、お天気のいい時は外に洗濯物を干し、お布団も干しています(うちのマンションでも、かなり外干しするお宅が減りました)。水道水を使ってお味噌汁を作ったり紅茶を淹れて飲んでいます。

経済の活性化という点では・・・先週の三連休に、地震以来初めての雨が降った日がありました。雨には放射能が含まれていて云々という話をよく聞いていましたから、こんな時こそ美容院で髪をカットしようと思い立ち、行ってみるとやっぱりお客さんは私1人きり。馴染みの美容師さんに「だぁれもお客さん来ないから、もう閉めちゃおうかなって思ってた〜」ってすごく喜ばれ、私もカットしてすっきりハッピーhappy01。そして買い物する時は、できるだけ地元の個人商店で買うことを実践しています。大型スーパーよりちょっと値段が高いものもありますが、頑張ってね!!と応援する意味で。先日は、おじいさんがやっている昔ながらのケーキ屋さんでケーキを買い、コーヒー豆を自家焙煎している小さなお店でドリップコーヒーを買いました。八百屋さんも今、かなり厳しいと思います。たとえ長ネギ1本でも八百屋さんで買っています。私が売り上げに貢献できる金額は本当に微々たるものですが・・・

それと、風評被害に苦しむ地域の応援をしたい。今は野菜など出荷停止の措置が取られているからお店に並ばず買いたくても買えないけれど、手に入るなら買って食べたい。旦那の足がもっと良くなって列車や車に長時間乗れるようになったら、ぜひ福島へ行きたい。福島県いわき市は、旦那の両親の故郷です。ご先祖様のお墓もそこにあります。地震のちょうど1ヶ月前、みんなでいわきにお墓参りに行ったばかりだったんです。風光明媚で食べ物も美味しいところなんですよshine。また家族みんなでお墓参りに行きたいな。

今なお、叔父は避難所暮らしで、祖母は宮城県の自宅で暮らしています。今回の地震によって身内が被災したという経験を初めてしました。震災で命を失った方たちや大切な人を亡くした方たち、津波で全て失ってしまった方たち、避難所で不自由な生活を強いられている方たちの心情を想うと、本当に何も言葉が出てきません。何を言ってもそれは私の想像でしかなくて・・・

だからこのブログでは、私がここ東京で実際に体験したことや感じた事だけを書きました。東京に住んでいる私が今できる事を書いてみました。書き始めた当初は、遠く離れている友人たちにこの東京での混乱ぶりをお伝えしたいという想いもありましたが、書き綴っているうちにどんどん私自身が落ち着いて冷静になっていき、前向きに考えられるようになりました。この場を借りてお礼申し上げます。

最初だけ募金したり、ニュースを見て涙を流し自分には何もできないと無力感を嘆いてばかりいることは、被災地への支援には決してならないと思います。本当の支援は何ヶ月も何年も、ずっと続いていくもの。被災しなかった私たちが前向きにいつもどおりの生活を続けて行くこと・・・お勤めしている人はいつもどおり会社へ行き自分の仕事をする。主婦の方はいつもどおり家事や育児をする。学生は勉強し、赤ちゃんや子供たちは健やかに成長していくこと。これは決して、被災地の方たちを忘れるということではなく。

これまで長々と読んでくれた人たちへ、本当にどうもありがとう。

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2011年3月26日 (土)

震災その時、東京で・・・⑥

ここ数日の私の住んでいる街の様子ですが、お米やパンはだいぶ流通したように見えます。しかし東京の水道水について報道があった翌日から、どこのお店もミネラルウォーターは完売。自動販売機で売っている小さなサイズのミネラルウォーターさえ売り切れランプがついています。どこにも売っていない、買えないという状況に陥ると、よけいに焦り、なんとかして手に入れようとあちこち探し求めるのが人間の心理です。

まだ余震も続いているし、計画停電の実施もあり、政府の発表も二転三転するし・・・みんなが大きな不安や危機感を抱えているこの時期だからこそ、すぐに食べられるものや保存がきくもの、調理が簡単なものを求めているのでしょう。今、手に入りづらい物もけっこうあるけれど、お店には肉や魚、野菜や果物がたくさん並んでいます。ちょっと手をかけたり工夫すれば美味しく食べられるものがたくさんあります。

そこでふと考えてみました。私自身、今手に入らず困っている物や食べられなくて困っている物はなんだろう??と。我が家には今、白米が一粒もないのですが、以前旦那の父が持たせてくれた玄米が残っています(私が玄米好きで1人のお昼によく食べるので、それを知っている義父から頂いたもの)。旦那は白米じゃないとダメなので、以前から欲しかった家庭用精米機を思い切って購入しました。それで少しずつ精米して大切に大切に食べています。この玄米がなくなるまでお米は必要なしなので、お店で見かけても購入しません。もし計画停電で炊飯器が使えなくても、鍋で炊く方法をマスターしているから大丈夫good。電子レンジが使えなくても、蒸し器で冷凍ご飯を温められるから大丈夫wink

パンが手に入らなくてもホームベーカリーで焼いて冷凍しておけば問題なしなので、こちらもオッケーscissors。それにパンの材料の小麦粉ならお店で簡単に手に入ります。カップラーメンやレトルト食品も普段からめったに食べないし、ペットボトルのお茶が売り切れてても、普段から麦茶やドクダミ茶を煮出して作り冷蔵庫に冷やしてあるから、こちらも全然困らず。ミネラルウォーターはいつも1本常備してるけど、ないならないで特に困らず・・・なんだ。全然困っていることなんてないじゃん。

我が家の食卓は、ご飯にお味噌汁、肉か魚のおかずを一品、野菜の煮物やおひたし、デザートに果物・・・有り難い事に今までと変わっていません。変わったことと言えば、食べ物をよりいっそう愛おしく大切にするようになったことです。生ゴミも激減しました!!

○○がないからもうダメだ〜って焦らず落胆せず、何か代わりになるものや方法を考えていきたいですよね。鍋を使ってご飯を炊く。蒸し器を活用する。パンを手作りするなどの普段から培ってきた経験は、決して無駄にはならないことがよくわかりました。知ってて損はないですwink

もちろんこれらのことは、きちんとライフラインが通っているからこそできる生活。被災しなかった私たちが普通の生活を続けていくということも、ひとつの支援方法なのかもしれません。

なんて偉そうなことを書いている私も、地震発生2日後のスーパーでは周りの殺気立った空気に飲み込まれ、ついレトルトカレーを買ってしまいました。今の我が家には必要ないものだったのにね・・・周りの人や情報に流されず、平常心を持つということはとても大切。

とはいえ、赤ちゃんをお持ちのご家庭にとって、水道水の件は非常に心配なことと思います。自分のことなら我慢できても、我が子のこととなるとそれはもうなんとかして守りたいのが親心。一人でも多くの赤ちゃんにミネラルウォーターが行き渡りますように。子供を持つ親御さんのストレスが少しでも軽減できますように。そっちのストレスのほうが心配だから・・・

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2011年3月23日 (水)

震災その時、東京で・・・⑤

地震への恐怖は、人間だけでなく動物も一緒です。
我が家のレオもそれはそれは怯えて、かわいそうで胸が痛くなりました。

あの巨大地震発生直後、旦那と一緒に家にいたレオはパニックになりロフトへ駆け上ったそうです。まだかかとを地面につけちゃいけないよとお医者様に言われている旦那が、足の痛みを忘れて夢中ではしごを上り、レオを助けに行ったそうです。レオは私たちの大切な家族であり宝物ですから。

あの日はいくら呼んでもクローゼットの中から出てこないし、ご飯もお水も全く受け付けません。トイレをしたくなった時だけ出てくるのですが、辺りを警戒して低い姿勢でササッと急いでやってきて、用を足したあとはまたクローゼットの中へ入ってしまいます。今まで聞いた事のないようななんとも言えない鳴き声を出すし、相当怖かったんだと思います。人間ですらあんなに怖かったのだから、何が起こったのか理解できない動物にとってどれほどストレスで、どれだけ恐怖だったことか・・・本当に不憫でたまりません。

地震発生から何日か経ってレオもだいぶ落ち着き、いつものように私の足の間でくつろいで寝てくれた〜ヤッター!!って喜んでも、余震や携帯の地震警報の音でまた怯えてクローゼットの中へ逃げてしまう・・・という繰り返しでした。余震はたびたび起こります。私だって余震がすごく怖いしそのたびにうろたえちゃうし、レオのことも心配だし、どうしたらいいんだろうって途方にくれちゃいました。

動物はとっても敏感です。人間に飼われているペットは特に、飼い主の心を敏感にキャッチします。飼い主の顔色も伺います。だから私が怯えるとレオも怯え、私があわてふためくとレオもしっぽを太くして逃げ回るのです。レオを一番落ち着かせる方法は、私がどーんと構えてちょっとのことでは動じないこと・・・これに尽きるのです。ペットだけじゃなく、赤ちゃんや小さなお子さんをお持ちのママたちもこのことを実感しておられるのではないでしょうか。

今もなお余震は続いています(このブログを書いているときにもありました)。でも、あわてふためかずレオに「大丈夫〜大丈夫〜。ほら、ねねちゃんがちゃんとここにいるでしょ?何にも怖くないよ。レオちゃんお利口さんだね〜」と声をかけて頭をなでてあげます。反対に「レオっっ!地震だからこっちにいらっしゃいっっ!!」とうろたえて大声で呼ぼうものなら・・・どうなるか簡単に想像できますよね?何度それをやってしまったことか(でもでもすっごく難しい〜。私だって本当はめっちゃ怖いもんcrying)

レオもちょっとでも揺れるとビクッとして、人間と同じように天井を見上げて揺れを確認する仕草をしますが、私が努めてニコニコして動じないようにしていると、やはりすごく安心するようです。揺れが続いている間はその場で固まったりもするけれど、クローゼットの中へ逃げ込むことはなくなりました。

ちなみに私がパソコンの前でブログを書いていると、レオはとても安心するようです。私のそばの椅子で丸くなって寝たり、毛繕いしたり・・・パソコンでブログを書くということは、今まで幾度となく繰り返してきた平凡な日常の姿だからでしょう。何より私がパソコンに向かってブログを書いていると、すごく落ち着くんです。「書く」という行為が気持ちの整理に繋がり、私自身を冷静にしてくれる効果があるようです。それがレオにもしっかり伝わっているのでしょうね〜

そしてついに数日前から、香箱座りをしてくつろいでくれるまでになりました!!レオが仰向けでバンザイの姿勢で、お腹をおっぴろげて安心して寝てくれる日が早く訪れますように。

日本中の人間や動物みんなが安心して眠れる日が早く訪れますように。

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2011年3月22日 (火)

震災その時、東京で・・・④

宮城県に住む92歳の祖母と、岩手県の叔父とは全く連絡が取れない日が続いていました。叔父の携帯電話にかけてみても全然通じない。祖母はもちろん携帯電話なんて持ってないし、耳も遠い・・・日が経つにつれて私もどんどん焦っていきます。

地震発生から5日目、実家の母から岩手の叔父(母にとっては弟)と電話が通じた!と連絡がありました。叔父は無事でした。避難所暮らしで非常に寒く、食べ物も全然届かないそうです。母との電話の最中も「あっ!また強い余震が来たから、もう切るわ」と突然切れたそうです。できれば叔父をこちらに呼び寄せたいけど、何の手だてもありません。すごくせつない・・・

地震発生から7日目、やっとやっと祖母の無事が確認されました!怪我などもなく、水道だけはまだ通ってないものの電気とガスは使えるので、避難所にも行かず自宅で頑張っているとのこと・・・本当に良かった!92歳のおばあちゃんが頑張ってるんだもん。東京にいる私たちが頑張れないわけがない!!

身内の無事が全員確認されてやっとホッとした時に、思った事がありました。私が義援金に寄付したのは、叔父と祖母の無事が確認されてからです。実はそれまで心の余裕が全くなかったのです。テレビで悲惨な映像を見ていても心ここにあらずで、常に頭の中に祖母たちのことがありました。ニュースで人々が救出されている場面を見ても、「私のおばあちゃんは?」って思っていました。都内で繰り広げられている買い占めに「自分たちのことしか考えてない」「被災地のことをもっと思いやろう」と非難の声が挙がっています。それと同じくこの私もエゴの固まりだなって感じました。自分の家族が無事だったらそれでいい・・・結局はそう思っていたのですから。そして今更ながら、危険を顧みず国民の命を救うために働いている自衛隊、消防隊、原発の現場で作業している人たちに深い感謝の気持ちが芽生えるとともに、その人たちにも大切な家族がいることに気づいたのです。気がつくのが遅くてごめんなさい。

心に余裕がなくなり緊迫した状況に陥ると、多くの人は自分と愛する家族を守ろうと必死になります。買い占めに走る人たちも、被災地の人たちに申し訳ないとわかっているけど、私たちも生きていかなきゃいけないんだもん。という気持ちなのでしょう。冷静に考えれば、東京で品切れ中のお米やパンを口にできないとしても、肉や魚、野菜は豊富にお店に並んでいます。ライフラインもきちんと通っています。手をかけて調理する必要はあるけれど、飢えてしまうということはありません。でも、血眼になってスーパーで買いあさっている人々を目の当たりにすると、自分だけ冷静な心を保つということはなかなか難しいことだなと実感しました。

実家の母が、近所の人と「どこにもお米売ってないわよね〜。うちももう残り少ないけど仕方ないわね」という会話をした後、ピンポンとチャイムが鳴って出てみるとその人がお米を持って立っていたそうです。「うちはまだあるから大丈夫。気にしないであなた、しっかり食べなさい!」そう言って、母の手に押し付けて帰って行ったそうです。みんなが必死なこの時期に自分の家のお米を分けてくれたなんて・・・母ともども、私もただただ感動して感謝するばかりです。ありがとうございます!!

自分と自分の家族を大切にする。その次は友人や近所の人。そして次は地域の人たちや見ず知らずの人たちへ・・・徐々に範囲を広げて温かい気持ちを向ける事ができたなら素晴らしいですよね。窮地に陥った時こそ人を思いやれるような、強い人間に私もなりたい。まだまだ小っちゃい小っちゃいぞっっ、私。

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2011年3月21日 (月)

震災その時、東京で・・・③

月曜日、テレビを見る限り電車はまだまだ不安定な運行状況ですが、会社からの連絡はなかったので、自転車で通勤。

いつも通る商店街にはお米屋さんが何軒もあるのですが、すでに長い行列ができていて、中にはシャッターが閉まっていたお店もありました。どこのパン屋さんのショーケースも空っぽ。ドラッグストアには「トイレットペーパーは完売。入荷未定」の貼り紙が・・・計画停電が実施されるという発表で買い占めにさらに拍車がかかったのかもしれません。

会社に着くと、節電のために部屋が薄暗くなっていました。社員の人たちに話を聞くと、金曜日は5時間も歩いて帰宅したそうです。革靴で長時間歩いたので、それぞれに足首を痛めたり筋肉痛が出たりしています。さらに今朝も早朝から家を出ていつもの通勤ルートを変更して出勤したりで、みんな疲労困ぱい・・・夜は頻繁に余震があるので睡眠不足も続いているし。

計画停電の発表では、現時点では私の住んでいる地域は対象にはなっていません。でも今後どうなるかはわかりません。今頃になって、懐中電灯はどこにしまってあるか、見つかったとしても乾電池は入っているかすごく心配になりました。遅すぎますよね・・・今まで無頓着に過ごしていたのが非常に悔やまれます。いくら後悔しても、こんな時期に懐中電灯も乾電池も買えるわけもなく(この後、家の中を探したところ、懐中電灯すぐ見つかりました。乾電池もなんとかもちそうです)

そして我が家はマンションなので、もし停電するとなると電気だけではなく水道も止まってしまいます。たった3〜4時間のことですが、時間帯を考えての行動(ご飯の支度やお風呂など)も必要になってきます。

東京の○○区が計画停電実施地区と発表があっても、同じ区の中でもすぐ隣町は停電しているのにこちらの町は大丈夫とか、会社がたくさんある地区や商業地区は大丈夫だけど住宅街は実施するなど、どうしても不公平感はぬぐえません。ラジオでも、「被災者の方たちのことを思うと、これくらいのことで文句を言うなんて何を贅沢な!とお叱りを受けるでしょう。それは重々わかっている上で、でも私たちも初めての経験ばかりなので戸惑いや不安、ストレスがものすごく強いんです」と投稿していた人がいました。その気持ちすごくわかります。しかも停電を「する」と言っておきながら「なかった」りすると、あれ?あれ?じゃぁ次回はどうなの?今度こそやるの?どうすればいい?って余計にストレスになってしまうものなんです。こんなこと言っている私も、まだ計画停電の実施地区ではないので、実施されてる地区の人たちへすごく申し訳ない気持ちです。私ができることは、ただただ節電・・・今はそれしかありません。

そんな不安と混乱の日々を過ごしていた木曜日、会社で上司から突然「今日の夕方から大停電になる可能性があるので、みんな早く帰りなさいとたった今通達があった。そうなったら電車も止まるから」と言われビックリ!私は自転車ですが、家事のこともあるので急いで帰宅。地震があった日と同じように、道はたくさんの人と車で溢れかえっています。帰宅すると、旦那が電気もつけずに暗い部屋の中、厚着をして毛布にくるまっていました。テレビではなくラジオをつけています。この日はとても寒かったけど、もちろんエアコンもつけずテレビの主電源も切って、使っていないコンセントは全て抜いて、ここ数日の節電とは比べ物にならないくらい我が家も徹底しました。台所で夕飯を作るときも最低限の電気だけつけて。

どうか大停電を回避できますように!そう祈りました。・・・私がこのスイッチをひとつ消すだけで回避できるかもしれない・・・この日きっと東京近郊のみんなの気持ちはひとつだったと思うな。たくさんの小さな力が功を奏して、この日の大停電は無事に回避されました。

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2011年3月20日 (日)

震災その時、東京で・・・②

地震から一夜明けた東京。
昨日、スーパーで買い物する予定だったのがそれどころではなかったので、朝ご飯が何もありません。駅前のコンビニまで自転車で行く事にします。

私の最寄り駅の周辺でも、大勢の人が電車の運転再開を待っています。昨夜帰宅できなくて一夜を明かしたのでしょうか?それとも大切な用事や仕事などで、これから出かけるのでしょうか?コンビニを3軒まわったけど、おにぎりやサンドウィッチなどは全て売り切れていました。帰宅困難の人たちがそれぞれ夜遅くや早朝に買ったのでしょうから当然な現象です。甘い菓子パンなどはまだ残っていたので、それを朝食用に買って帰りました。その時はまだ、食べ物の売り切れは今朝のことに限っての現象だと軽く考えていたのです。でも違っていました。

次の日の日曜日、うちの冷蔵庫の中身もなくなってきたので、近所のスーパーへ行ってみました。店内に入ってみてビックリ!!お米、大きなペットボトルのお水とお茶、パンの棚が空っぽです。そしてトイレットペーパーと箱ティッシュにおいては、どこが売り場だったのかわからないほど閑散としています。こんな光景は生まれて初めて・・・昔のテレビ映像でオイルショック時にトイレットペーパーが消えたのを見た事がある程度。冷夏の影響で起こった平成の米騒動の時も、空っぽだったのはお米の棚だけだったのに・・・。店内は大勢の人たちでごった返し、カートの上下にたくさんの商品を入れていたり、家族総出でたくさん買い物をしています。一方の私はというと、たった一人でしかも自転車で持ち帰れる量しか買えない・・・みんな殺気立ってて急いでいる中、すごく心細くて怖くて涙が出そうでした。

「なんかすごいことになってるよ。すごく疲れた」と、家で療養している旦那にボヤいたところ「オレが動けないから余計疲れさせちゃってるね。ごめんね。ありがとう」と悲しい顔をされてしまった・・・こんな状況で一番焦ってるのは旦那なのにね。動ける私が動くことは当たり前なのにね。それなのに疲れたことを顔や態度に出してしまう自分が情けなくなっちゃった。

テレビでは震災の悲惨さがたくさん映し出されてる上に、原発からも目が離せません。余震は相変わらずたびたびあるし、電力不足解消のために計画停電の実施も決定したようです。それに加え、祖母と叔父の安否は全くわからず・・・

明日からは月曜日・・・もし会社へ行ってる時にまた大きな地震があったらどうしよう。そのまま帰れなくなったら?旦那とレオに会えなくなったら?そう考えると、このままずっと家にいたい気持ちが強くなりました。でもずっと家の中に閉じこもってテレビばかり見ていたり、余震に怯えて天井の照明器具をずっと見つめたりしていると、精神的にすごく参ってしまうのも事実です。旦那からも「できるだけ普通の生活をしたほうがいい。会社にも行っておいで」と言われました。

幸いな事に、私は自転車で通勤できる距離です。たくさんの電車がまだ運転見合わせや区間限定運行で不安定な状況の中、朝早く起きて改札口に並んだり、動いている区間まで何駅も歩いたりする必要はありません。それに地震当日、何時間も歩いて帰った職場のみんなに会ってホッとしたい気持ちもあります。

会社側から自宅待機などの連絡がない限り、よし!行こう。

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2011年3月19日 (土)

震災その時、東京で・・・①

3月11日に起きた東日本巨大地震から一週間が過ぎました。
あまりのショックにブログを書く事も出来ずにいました。
私の住んでいるこの東京でも、地震直後から少しは落ち着いたとはいえ未だ混乱は続いています。
被災地の方々の心情を思えば、私ごときが知ったふうなことをブログに書くべきではないのかもしれません。でも、あえて被災地から離れている東京で実際に体験した出来事や想いをこれから書いてみようと思います。私のブログをいつも読んでくれている関西や九州、そしてアメリカの友人たちへメッセージが届きますように・・・

あの日、私はいつものように会社で仕事をしていて、もうじき3時だからお茶でも入れて休憩しようかな〜と思っていた矢先の激しい揺れでした。これは今までの地震とは違う・・・そう直感した瞬間「怖い怖い!」と繰り返し叫び、その場でへなへなと座り込んでしまいました。ようやく揺れが収まってまず心配したのは、旦那とレオのこと。実は旦那、2月下旬に足を骨折して入院し、やっと退院して自宅療養の最中でした。我が家はマンションの13階で、建物の構造上とても激しく揺れます。やっと松葉杖で歩く練習を始めたばかりで、思うように歩けない旦那に怪我はなかったか、レオは無事か、携帯でいくら呼び出しても全く通じず。他の社員の人たちも家族に電話しても全く通じず。不安ばかりよぎります。電話をかけている間もたびたび激しい余震が襲ってきます。電話が通じないなら・・・とメールを送ってみます。でも受信メールはかえってこない。しつこく何回も新着メール問い合わせを押して、やっと旦那からメールが届きました。「お皿が割れた。レオは無事です」

身の安全のためしばらく会社にいて、余震と余震の間隔が多少長くなった頃、私は自転車で自宅へ向かいました。道路はたくさんの車と人ですごかったです。みんなそれぞれ自宅へ向かっているのでしょう。会社の社員証を首から下げた人たちが、グループで続々と歩いて行きます。地震で電車が止まってしまったので、歩いて帰宅する人たちです。保育園や小学校へ、母親たちが子供たちを迎えに行ったのでしょう。防災ずきんを被った子供の手を引いている姿にも遭遇しました。これらの光景は決して訓練なんかじゃなく、現実なんだ・・・そう感じてすごく怖くなりました。

自宅マンションに到着したけど、もちろんエレベーターは停止しています。すぐさま13階の我が家まで階段を上ります。とにかく旦那とレオが心配でした。心臓バクバクのままドアを開けると、お酒としょうゆの匂いが部屋中に充満・・・食器棚に飾ってあった泡盛が割れ、キッチンのおしょうゆ入れが倒れてこぼれた匂いでした。

旦那はまだ右足を動かせないのに、割れたお皿の始末やお酒で濡れた床を拭いてくれてて、レオは旦那の後ろで丸く縮こまりすごく怯えていました。二人とも無事で本当に良かった!!なかなか連絡が取れなくて心配した実家の母と妹と甥っ子、そして旦那の父と義妹夫婦の無事も、夜になってやっと確認してホッ。でもその間も何度も余震はやってきます。そのたびにレオが怯え、クローゼットの中に駆け込み、呼んでも出てこようとしないのです。聞いた事もないような鳴き声を出し、ご飯もお水も全く受け付けようとしません。私たち人間・・・しかも大人でさえこんなに恐怖です。ましてや何が起こったのか理解できない、言葉で説明してあげることもできないネコにとっての恐怖はどんなに大きいかを思うと、かわいそうで不憫でたまらなかった。

ずっとテレビを見ていて、事の重大さがひしひしと伝わってきます。宮城に住む92歳のおばあちゃんは無事だろうか。岩手にいるおじちゃんは無事だろうか。でも今は、どうやっても連絡を取る手だてはありません。他にも、都会で大勢の帰宅困難者の映像が映ります。私の会社の人たちは無事に帰り着けるだろうか・・・歩いて帰るなんて何時間かかるんだろうか・・・私は自転車だったから大丈夫だったけれど、職場の仲間のことも心配です。

強い地震でガスも止まってしまい、リセットボタンを押さないと復旧しません。でも余震が恐くてシャワーさえ入る気がしないので、今晩はこのまま眠ることにしました。「オレがテレビつけっぱなしでソファーに寝るから、ベッドで休みな。何かあったら起こすから」旦那がそう言ってくれたのでベッドに横になったけど、たびたび起こる余震と携帯の地震警報の着信音でほとんど眠れませんでした。

この後の話も書いていきたいと思います。このブログを書いている最中も余震があって中断したりして、なかなか進まないかもしれませんが、これから少しずつ更新していきます。どうぞ読んでくださいね。

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2011年3月11日 (金)

からし焼き

久々のランチ開拓・・・我が家の最寄り駅trainから2つほど先の駅の近くにあるお店です。
ここ付近は車rvcarでよく通るので、気になっていたお店でした。
しかも以前入ろうとしたら満席だったし・・・
Ca3g0198

何が気になるのかというと・・・
Ca3g0197

「からし焼」の文字なんです。からし焼きって何ぞや??
からしレンコンみたいに、薄切り肉と肉の間に練り辛しがはさんであるもの?揚げてるんじゃなくて焼いてるの?う〜ん・・・全く想像がつきませんsweat01

今回はお昼時をずらして訪れたため、すぐに店内に入る事ができましたhappy01
やはり気になるものを注文しなきゃ!ということで、私はからし焼き定食、旦那はアジフライ定食(ほんとに冒険しない人なんだからっっ)をチョイス。

で、運ばれてきたからし焼き定食がこちら
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豚肉(バラ肉かなぁ〜)に豆腐がドカンドカンと一丁ほど入っていて、見た目にも辛そうな真っ赤なスープ、トッピングにはネギとキュウリの千切りがのっかっています。そしてニンニクの香りがダイレクトにぷんぷんと伝わってきます。この写真じゃわかりづらいですが、ものすごく圧倒されるほどの量でそれだけでビックリwobbly・・・そういえばメニューの中に「ミニからし焼き定食」というのがあったんだよなぁ〜。そっか。そういうことだったんだなぁ〜と気がついたけど、後の祭り(笑)

さっそく食べてみます。濃い甘辛のスープが豚肉と豆腐によくしみていて、思ったより辛くない。辛さは後からじわ〜っとくる感じ。その辛さを千切りのキュウリが和らげてくれます。これだったら白いご飯がいくらでも食べられちゃうgood。ニンニクの量がハンパじゃないので、スタミナ定食と呼んだほうがしっくりくるかも〜

「からし焼」のからしは、練りからしではなくて唐辛子のことだったんですね。

とてもじゃないけど、会社のランチタイムには選んじゃいけないメニューだと思います(笑)。にんにくの匂いを気にしなくていい休前日限定ですね。あ、デートheart04の最中はもちろん、前日もNGngsmile

見た目もお味も「スタミナ抜群!!がっつり食べる男のためのメニュー」って感じ。男性ならオッケーでも女性にはこの量かなりきついんじゃないかなぁ〜coldsweats01。私もかなり旦那に手伝ってもらっちゃったし。

でもでもとても美味しかったですよ。豚肉は柔らかくてお豆腐はぷるぷるしてて味がしみこんでて・・・お疲れ気味の時なんかに食べたら、すぐ元気になれそうですshine。「からし焼」のネーミングの疑問も解決したしねwink

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2011年3月 8日 (火)

実家のひな人形

何やらバタバタと過ごしていたら、しばらく更新が滞ってしまいましたsweat01
もう過ぎてしまいましたが、今日はひな祭りのお話を。

これが実家にあるお雛様・・・
Ca3g0172

私が生まれて初節句の時に、父と母の仲人さんからガラスケースに入ったお雛様とお内裏様を贈って頂いたそうです。当時住んでいたのは狭い団地だったので、コンパクトで可愛らしいお雛様はとてもびったりで、桃の節句が近づくと、母が毎年飾ってくれていました。

そのおかげで私もすくすくと成長し・・・お友達もできてお互いの家に行き来するくらいになると!!ありがちなことが起こるんですよねぇ〜(笑)。「○○ちゃんのお雛様は大きくてたくさん階段があってお人形さんもたくさんいるのに、なんで私のお雛様はこんなに小さいの?私もああいうのが欲しい!!買って買ってpout

その頃には私の下に妹も産まれて娘が二人になりましたから、親としてもぜひ娘の願いを叶えてあげたいと思っていたようでしたが、その時の住まいも、私が3歳の時に引っ越したとはいえまたもや団地・・・やはり大きなものは飾るスペースがありません。

親の心、子知らずで、私はたった年に一回のこと・・・しかも年中飾っておくものではないくせに、毎年ひな祭りの頃になるとふくれっ面をして文句ばっかり言ってた気がしますcoldsweats01(ちなみに、妹はとってもおりこうさんで親を困らせたりだだをこねたりってことをいっさいしない子でした。それにひきかえ私は「パパ〜heart04一生のお願いだからぁ〜」と何度おねだりしたことかsmile)

そしてついに数年後、家族みんなの念願であった一戸建てにお引っ越し。父はちゃんと私との約束を覚えていてくれて、立派な七段飾りのお雛様を買ってくれました。もう嬉しくて嬉しくて、お人形のお着物を何度も何度も撫でてみたりミニチュアのお道具の引き出しを開け閉めしたり・・・ほんと嬉しかったなぁ〜shine

それからずっと毎年飾られてきたお雛様・・・私や妹が嫁いだ後も父と母がひな段を組み立て飾り付けをして毎年飾ってくれています。私と妹も2月の声を聞くと日を合わせて実家へ行き、一緒に飾り付けをします。数年前からは、甥っ子も仲間入りして、みんなでワイワイやるのが恒例にwink

昨年、父が亡くなってから初めての今年のひな祭り・・・どうしても日程が合わず参加できなかった私に代わり、母と妹そして甥っ子が、お雛様を出してくれました。ひな段を組み立てるのは父の役割だったのですが、説明書を見ながら、母と妹で立派に完成させてくれました。

両親の仲人さんが贈ってくださった小さなお雛様へ込められた温かな想い・・・娘の健やかな成長を願い、毎年そのお雛様を大切に飾ってくれていた母の気持ち・・・家族のために一生懸命働いて一戸建てを購入した父・・・大人になった今、みんなのそれぞれの気持ちが痛いほど理解できます。ありがとうって気持ちでいっぱいですshine

そんな大切な実家のお雛様・・・そして結婚してからは、もうひとつお雛様が増えましたhappy01(こちら)

どちらも愛情たっぷりの、私の大切な宝物ですheart

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