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2011年3月20日 (日)

震災その時、東京で・・・②

地震から一夜明けた東京。
昨日、スーパーで買い物する予定だったのがそれどころではなかったので、朝ご飯が何もありません。駅前のコンビニまで自転車で行く事にします。

私の最寄り駅の周辺でも、大勢の人が電車の運転再開を待っています。昨夜帰宅できなくて一夜を明かしたのでしょうか?それとも大切な用事や仕事などで、これから出かけるのでしょうか?コンビニを3軒まわったけど、おにぎりやサンドウィッチなどは全て売り切れていました。帰宅困難の人たちがそれぞれ夜遅くや早朝に買ったのでしょうから当然な現象です。甘い菓子パンなどはまだ残っていたので、それを朝食用に買って帰りました。その時はまだ、食べ物の売り切れは今朝のことに限っての現象だと軽く考えていたのです。でも違っていました。

次の日の日曜日、うちの冷蔵庫の中身もなくなってきたので、近所のスーパーへ行ってみました。店内に入ってみてビックリ!!お米、大きなペットボトルのお水とお茶、パンの棚が空っぽです。そしてトイレットペーパーと箱ティッシュにおいては、どこが売り場だったのかわからないほど閑散としています。こんな光景は生まれて初めて・・・昔のテレビ映像でオイルショック時にトイレットペーパーが消えたのを見た事がある程度。冷夏の影響で起こった平成の米騒動の時も、空っぽだったのはお米の棚だけだったのに・・・。店内は大勢の人たちでごった返し、カートの上下にたくさんの商品を入れていたり、家族総出でたくさん買い物をしています。一方の私はというと、たった一人でしかも自転車で持ち帰れる量しか買えない・・・みんな殺気立ってて急いでいる中、すごく心細くて怖くて涙が出そうでした。

「なんかすごいことになってるよ。すごく疲れた」と、家で療養している旦那にボヤいたところ「オレが動けないから余計疲れさせちゃってるね。ごめんね。ありがとう」と悲しい顔をされてしまった・・・こんな状況で一番焦ってるのは旦那なのにね。動ける私が動くことは当たり前なのにね。それなのに疲れたことを顔や態度に出してしまう自分が情けなくなっちゃった。

テレビでは震災の悲惨さがたくさん映し出されてる上に、原発からも目が離せません。余震は相変わらずたびたびあるし、電力不足解消のために計画停電の実施も決定したようです。それに加え、祖母と叔父の安否は全くわからず・・・

明日からは月曜日・・・もし会社へ行ってる時にまた大きな地震があったらどうしよう。そのまま帰れなくなったら?旦那とレオに会えなくなったら?そう考えると、このままずっと家にいたい気持ちが強くなりました。でもずっと家の中に閉じこもってテレビばかり見ていたり、余震に怯えて天井の照明器具をずっと見つめたりしていると、精神的にすごく参ってしまうのも事実です。旦那からも「できるだけ普通の生活をしたほうがいい。会社にも行っておいで」と言われました。

幸いな事に、私は自転車で通勤できる距離です。たくさんの電車がまだ運転見合わせや区間限定運行で不安定な状況の中、朝早く起きて改札口に並んだり、動いている区間まで何駅も歩いたりする必要はありません。それに地震当日、何時間も歩いて帰った職場のみんなに会ってホッとしたい気持ちもあります。

会社側から自宅待機などの連絡がない限り、よし!行こう。

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